沖田まなのブログ

私が過去にコンビニで一人で店番をしていた時、宝塚音楽学校の生徒と過ごした毎朝の思い出話。

食生活~宝塚音楽学校の話(7)

タカラジェンヌさんこそ、差し入れでいつも素敵なお菓子なんかを食べているイメージですが

では、音楽学校生は何を食べていたのでしょうか。

私がお店にいた時ほとんどの生徒ちゃんが買っていたのが

「おにぎり」「ヤマザキの菓子パン」「缶のアサヒのウーロン茶」

このパターンでした。

生徒ちゃんによると、当時の寮のごはんはおいしくないらしく 皆小さな店で種類の少ない食料を買って登校していくのでした。

たまに売れるのがお菓子、アイス。 1度だけ売れたのが 「なます」。

音楽学校には冷蔵庫があるらしく 真っ黒な「ブラックジャックアイス」 を買った男役ちゃんに味を聞こうと

「食べた?食べた?」

と尋ねるのですが、一向に食べず卒業してゆきました。

年頃で激しい運動をするのに、どう考えてもカルシウムやお野菜が足りていなかったですねぇ。

でも、皆元気に卒業していったということは、人間どうにかなるものです。

そうそう。

爆発的大ヒットした商品もありました。

また書きますね。

 

ななめがけの彼女~宝塚音楽学校の話(4)

前にカバンのお話を少ししましたが、カバンと言えばどうしても忘れられないことがいくつかありまして。

どうぞしばらくお付き合い下さい。

 

音楽学校生は、

とにかく荷物が多いんです。

 

しかも、今はすみれ寮も音楽学校も移転して

道路2本渡ったところに位置していますが、

移転前は

すみれ寮から音楽学校まで、約2kmかな?

 

登校は細いけどたくましい足で

武庫川下流を渡りをカツカツと

ハイヒールで歩いて行くのです。

(実際にはタカラジェンヌよりまだ少し『おにく』がついています^^*。)

 

話がそれますが、面白いですよね。

 

校則が

ハイヒールのパンプス

お化粧

あとはまとめやすいからか

流行りだったのか娘役ちゃんの髪は

ゆるいソバージュのパーマ。

 

中卒で入学した方なら

高二の学年

で毎朝お化粧ですもの。

 

髪は男役はリーゼント、

娘役は特に何も無い時は

ハーフツインテールをひとつにまとめて

バレッタでとめるスタイルがメインでした。

(またイラストで描きます☆)

 

で、レオタードやなんや授業に必要な物が入っているんでしょう。

荷物をひとつにまとめるのも校則だったのかな?

 

ともかく、皆

『ボストンバッグを肩にかけるスタイル』

でした。

 

ところが、

1人だけいつも微笑ましい生徒さんがいました。

 

持ち物は皆と同じボストンバッグなんですけど

 

その娘役さんだけ、ボストンの肩かけが

ななめがけ

なんです!!!

 

しかも大荷物を前にかけて落ちてついて歩く姿は

まるで

『妊婦さん』

のようでした~!!!

 

何がすごいって、彼女は

『一年間を通してななめがけ』

でしたから!!

 

たかが

『ななめがけ』

でも、一年間を通してだとすごく印象に残ります。

 

彼女はいつもニコニコしている美人さん。

ある時、お店に鳥が入ってきて

私がなんとか追い出そうと格闘している時に

やってきて

 

『これ、どうしたらいいと思う?』

 

と聞いてもバタバタ闘っている私を

ニコニコしながら無言でずっと見ていました。

 

彼女は今も

『ななめがけ』

なのかな。


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当時の通学路

 

 

 

イタズラはジェンヌと共に~宝塚歌劇 その他の話(2)

前回の続きです。

5~6年前のある日暮れ。

スーパーに行こうとしていると

立ともみ大先生のお宅の側で、懇意にして頂いてるジェンヌさんにバッタリ会いました。

 

「明日最後の試験なんです~!」

 

とおっしゃる彼女。

「ひー。頑張ってね!!」

とありきたりのことしか言えない私は

 

「ねえ、すぐそこ、立ともみ先生の家だよ。」

 

となんとか明るい話題(?)にすり替えました。

 

すると

「はい~今から演技指導をして頂くんです~」

 

なんと、そこは彼女の行き先でした。

 

「よし。じゃあ一緒に行こう!」

 

ジェンヌさんは「?????」です。

 

玄関に着くと私は…

彼女にインターホンを押させ

「Yです~」

と言ってもらった後

ガチャッとドアを開け

「こんにちは~!!!」

と叫びました。

 

インターホンを押した主とは違う、

聞き覚えのある声に立ともみ大先生は

見事びっくりしてお部屋から飛び出して来られたのでした~。

 

一方彼女はというと…

それくらいでキョドっていたらジェンヌなんてやっていられません。

しばらくして、見事新人公演の主役

務められたのでした!!

 

軽い冗談によるリラックスも必要です。←

めでたしめでたし。

 


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今の宝塚ホテル

 

 

 

 

 

ジェンヌ・ファンへの愛~宝塚歌劇 その他の話(1)

うちの近所には、宝塚歌劇の演技指導でも有名な

月組の組長立ともみ大先生が住んでいらっしゃいます。

何せ近所なので家族ぐるみのお付き合いで、私も

「ともみお姉さん」と呼ばせて頂いて懐いております。

 

ある時、ともみお姉さんが

「うちでバザーをするからおいで」

と言って下さって祖母たちとお邪魔しました。

 

お姉さんのお宅のレッスン室には、お姉さんや他のタカラジェンヌが不要になったお洋服が沢山置いてあり、私はジェンヌさんが不要になった可愛いコートを頂いてほっこりしていました。

 

すると、部屋の角に私は見てはいけないものを見てしまったのです!!

 

それは…

『山盛りの手編みのセーター』

でした。

 

ちゃんと胸に「TOMOMI」の文字が入っているものや、お世辞にも上手とは言えないけど一生懸命編んだもの…

 

お姉さん、バザーに出したらいかんでしょ!!!(笑)

 

と思いましたが…

月組の組長や専科でご活躍の間も捨てることなく

(私が知る限りタカラジェンヌは引越しが多いからか物に対して頓着がない方が多い)

大切にしまってあったと考えると

 

お姉さんのファンへの莫大な愛を感じたのでした。

 

それから月日は経ち、ともみお姉さんは私が考えた

あるくだらないイタズラに引っ掛けられるのでした。

 

そう。

現役生徒も巻き込んで…

やっちゃいました~!!!!!

 

うちの近所には、宝塚歌劇の演技指導でも有名な

月組の組長立ともみ大先生が住んでいらっしゃいます。

何せ近所なので家族ぐるみのお付き合いで、私も

「ともみお姉さん」と呼ばせて頂いて懐いております。

 

ある時、ともみお姉さんが

「うちでバザーをするからおいで」

と言って下さって祖母たちとお邪魔しました。

 

お姉さんのお宅のレッスン室には、お姉さんや他のタカラジェンヌが不要になったお洋服が沢山置いてあり、私はジェンヌさんが不要になった可愛いコートを頂いてほっこりしていました。

 

すると、部屋の角に私は見てはいけないものを見てしまったのです!!

 

それは…

『山盛りの手編みのセーター』

でした。

 

ちゃんと胸に「TOMOMI」の文字が入っているものや、お世辞にも上手とは言えないけど一生懸命編んだもの…

 

お姉さん、バザーに出したらいかんでしょ!!!(笑)

 

と思いましたが…

月組の組長や専科でご活躍の間も捨てることなく

(私が知る限りタカラジェンヌは引越しが多いからか物に対して頓着がない方が多い)

大切にしまってあったと考えると

 

お姉さんのファンへの莫大な愛を感じたのでした。

 

それから月日は経ち、ともみお姉さんは私が考えた

あるくだらないイタズラに引っ掛けられるのでした。

 

そう。

現役生徒も巻き込んで…

やっちゃいました~!!!

 

 

持ち物は高級品~宝塚音楽学校の話(3)

音楽学校の生徒がお嬢様なんて当たり前じゃないの!

 

と、半ばあきれ気味の皆さん。

私は本当~に!!何も知りませんでした。

 

そして、知らぬ間に身の程知らずな影響を受けていきました。

だって、月曜日~土曜日まで毎朝会って、ああでもない、こうでもないって雑談するのですよ。

彼女達は私にとってしばらく会わない友達より

余程日常的に身近な存在でした。

 

当時は今の街で見かける音楽学校の生徒さんよりも、少々持ち物が派手でした。

 

まず

バッグ!

それに

財布!!

そして

傘!!!

 

この3点セットはかなりブランドブランドブランドしていました!!

SONIA RYKIELミッソーニBURBERRY

いわゆるDCブランドでしたが

中でも特に流行ったのが

 

MOSCHINO』。

 

MOSCHINO率、高かったですね~。

 

娘役ちゃんも、今のようにお手製一点物のバッグでなくほとんどの方がぱっと見て『 はい、ブランド!』ってわかる物を持っていました。

 

なので、お店の傘立てには、忘れ物の1本1万円は下らない傘がズラ~っと置いてありましたが…

忘れちゃっても取りにこないんですよね。

使い捨てですかーい!!みたいな。

 

そして、いつしか私もいつしか…

 

環境ってコワイ!!!

 

 

パシリます!!~宝塚音楽学校の話(2)

時はバブルが弾けて数年後。

音楽学校の生徒さんは『 お嬢様』がほとんどということを知らないのは私だけ。

そうなんです。

これは、もう私が「コンビニのお姉さん」になって、半年は経った頃の話です。

 

今のコンビニは色んな便利な物がありますが、当時は、特にフランチャイズでもなかった私が勤めるお店では

扱っているものはコピーと宅急便くらいでした。

それでも朝の一人での店番となると

レジを叩きながらコピー用紙を入れ替え、宅急便のサイズを計るのはお客さんが殺到した時にはシッチャカメッチャカです。

 

「おはようございまーす!」

「おはよー!」

「行って参りまーす!」

「行ってらっしゃーい!」

本科生は、入れ替わり立ち代わり今日も元気です!!

 

そこへ

「…これお願いします!」

 

一人の生徒が差し出したのは、

なんと、

 

『 現金書留』の封筒

 

でした~~~!!!

 

ああ…コ、コンビニからは現金書留は送れないのよ…。

そう話すとその生徒ちゃんはビックリ。

「どうしよう…」

と、言うのも音楽学校に登校するのは9時より前、下校時にはとっくに郵便局は閉まっています。

 

「現金書留は取り扱っていません。」

そう言えば終わりなのは普通のコンビニ。

でも、私はその頃にはすでに

いつも音楽学校生の味方、無敵の『 コンビニのお姉さん』なのです!!

 

「い…行ってこようか?お金後でいいよ。」

 

はい。

郵便局へ走りましたとも(笑)。

店が終わってから。

 

今となれば音楽学校に入学するのには、レッスンレッスン、入学しても授業にレッスンなのはわかりますが

当時の私には

お嬢様すごい!!!現金書留知らない!!!

とたまげた出来事でした。

 

有名音楽家の娘さんだった彼女、元気かなぁ。

よくよく考えるとお金の入った大事な封筒…。お姉さんを信用して預けてくれたんだよね。

ありがとう(;_;)。


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今のすみれ寮

 

 

 

【宝塚音楽学校の話(1)】

と、言っても私が通っていたわけではありません。

ですが今思うと本当に不思議な体験をしたんだなぁと思います。

この話をネットでするのは初めてです。

 

私がまだ全然宝塚歌劇を観ていない頃の事です。

私は初めてアルバイトをしました。

コンビニ月~土曜日、朝6~9時です。

それは、個人の方がしている小さなお店でしたが、当時宝塚音楽学校とそこに通うほとんどの生徒が住むすみれ寮(現在は移転)との間にある唯一のコンビニでした。

 

私がバイトを始めた12月頃は、宝塚音楽学校の生徒さんがちらほらいらっしゃるなぁといった具合でしたが、年が明けて春!

そのすみれ寮に住む宝塚音楽学校の本科生39人のうち36人が私が勤めるコンビニに朝食なり昼食なりを買いに寄ってくれるようになりました。

(宝塚音楽学校には予科生1年間、本科生1年間通うことになっています。)

 

小さなお店と書きましたが、それだけに店番は私1人です。

一方お店に来てくれる生徒さんは、親元から離れて暮らす全国から集まった高校生くらいの女の子。

私はいつしかその学年の「コンビニのお姉さん」になり、

生徒さんは皆

「おはようございます!」

と店に入ってきて

「行って参ります!」

と登校して行くのです。

 

さて、私はそのタカラジェンヌの卵さんたちと、どんな毎朝を過ごしたでしょう。

 

実は、迷っています。

数々のエピソードやその時の生徒さん達の様子。

どこまで書いていいのかな?

お名前は出していいのかな?

とりあえず、このブログを読んで下さった方に需要があるかまた聞いてみたいと思います。

 

と、言うことでご意見お待ちしていま~す!

 


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現在の宝塚音楽学校